大判例

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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)1541号 判決

主文

原判決中、被告人に関する部分を破棄する。

被告人に対する公訴事実中、飲食営業緊急措置令違反の点につき被告人を免訴する。

同偽証の点につき被告人は無罪。

理由

職権をもって調査するに、被告人に対する本件公訴事実中、飲食営業緊急措置令違反の点については、昭和二七年政令第一一七号大赦令により大赦があったので(同令一条一一七号八九号に該当)右公訴事実については被告人を免訴すべきものとする。よって同事実に関する弁護人清瀬一郎の上告趣意第一点第四点については判断を用いない。

次に本件公訴事実中、被告人に対する偽証の点につき次のとおり判断する。

弁護人清瀬一郎の上告趣意第二点の要旨は、原判決の被告人に対する偽証罪の認定事実は、旧刑訴一八八条一項の自己が刑事訴追を受くる虞れある場合に該当し、したがって被告人には証言拒絶権あり、又同二〇一条五号により裁判所は証人たる被告人に宣誓せしめずして訊問すべき旨を規定しているのである。それ故被告人が本件偽証をしたとすると富山地方裁判所出町支部は、証人として出廷した被告人に対し、須らく証言拒絶権あることを説明しこれを了知せしめ、しかも証言を拒まざれば宣誓せしめずして訊問すべきものである。このことは憲法三八条一項の明文に照し明らかなところである。しかるに同裁判所は憲法の規定に反し証言拒絶権あることを説明了知せしめず且つ宣誓せしめて訊問したものであって、これを偽証罪に問擬した原判決は憲法違反の判決であると主張するのである。

按ずるに、原判決の確定した事実によれば、被告人がした判示富山地方裁判所出町支部公廷における証言は真実を供述すれば飲食営業緊急措置令違反の罪として自己が刑事訴追を受くる虞ある関係にあるものであってしたがって旧刑訴一八八条一項に該当する場合であるから、証言拒絶権あることは明らかである。しかし憲法三八条一項は威力その他特別の手段を用いて供述を余儀なくすることを禁ずる趣旨であって、裁判所に所論のような説明告知の義務を要求しているものとは解せられないから、所論前段の論旨は採るを得ない(昭和二三年(れ)第一〇一〇号、同二四年二月九日大法廷判決、判例集三巻二号一四六頁参照)。また旧刑訴一八八条一項に該当する場合証人は証言を拒む権利があり、そしてこの証言拒絶権はたとえ宣誓した後と雖もこれに消長を来すものとは解されない(但し証言を拒絶するには同法一八九条により証言拒絶の事由を疏明することを要するは勿論である)。されば本件の場合直ちに憲法三八条一項にいう自己に不利益な供述を強要されたものとはいえないから、所論違憲の主張は理由がない。しかしながら、右旧刑訴一八八条一項該当の場合において、証言拒絶権を行使しない証人に対しては、裁判所は宣誓せしめてはならないことは同法二〇一条一項の明文に照して明らかなところである。そして、偽証罪を定めた刑法一六九条にいわゆる「法律ニ依リ宣誓シタル証人」とは、法律上宣誓せしめ得る証言事項につき宣誓したる証人と解するを相当とし、従って前記の如く法律上宣誓せしめ得ない証言事項につき宣誓したる証人を含まないものと解すべきである。また旧刑訴二〇一条三項に「第一項ニ掲クル者宣誓ヲ為シタルトキト雖其ノ供述ハ証言タルノ効力ヲ妨ケラルルコトナシ」とある規定の趣旨は、宣誓せしめずして訊問しなければならないこの場合に、宣誓せしめて訊問したその証言の証拠能力の有無如何についての疑義を除いた趣旨の規定であって、かかる規定があるからといって右のような場合の宣誓をもって偽証罪を定めた刑法一六九条にいわゆる法律による宣誓の効力を有するものと解することはできないのである。されば本件の場合富山地方裁判所出町支部において被告人が宣誓の上証言をしたとしても同被告人を刑法一六九条にいう「法律ニ依リ宣誓シタル証人」ということはできない。しからばこれを偽証罪に問擬し被告人を有罪とした原判決は偽証罪に関する法律の解釈を誤った違法があり、したがって所論後段の論旨は結局理由があることに帰着する(よって、同事実に関する同弁護人上告趣意第三点については判断を省略する)。

よって、旧刑訴四三四条、四四七条、四四八条、四五五条、三六二条、三六三条三号により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官斎藤悠輔の意見を除く、裁判官一致の意見によるものである。

弁護人清瀬一郎の上告趣意第二点に対する裁判官斎藤悠輔の反対意見は次のとおりである。

多数説は、先ず何等の根拠を示すことなく、いきなり「按ずるに、原判決の確定した事実によれば、被告人がした判示富山地方裁判所出町支部公廷における証言は、真実を供述すれば飲食営業緊急措置令違反の罪として自己が刑事訴追を受くる虞ある関係にあるものであって、したがって、旧刑訴一八八条一項に該当する場合であるから、証言拒絶権あることは明らかである。」といっている。しかし、原判決の認定した(二)の事実は、被告人は昭和二三年一月一七日富山地方裁判所出町支部公判廷に田中常吉に対する詐欺、窃盗被告事件の証人として喚問を受けた際宣誓の上判示のごとく虚偽の陳述をしたというのであり、同(一)の事実は、その以前昭和二二年一二月九日被告人は田中常吉外二名に対し営利の目的で判示のごとく飲食営業を為したというのであってその宣誓及び証言の日時が昭和二三年一月一七日であったこと、証言すべき事件が詐欺、窃盗被告事件であったこと、本件飲食営業緊急措置令違反事件の起訴は右被告事件中詐欺の点が無罪となった後の同年二月二二日であったこと等から見ると、少くともその宣誓、証言の当時(証言拒絶の事由ありや否やはこの時期を標準として判定すべきこというまでもない。)第三者である裁判所にとっては、判示証言を以てその後起訴された別件である本件措置令違反の罪として被告人が刑事訴追を受ける虞ある関係にあることが明らかであったということはできない。しかのみならず、後に引用する右詐欺等被告事件の公判調書によれば、却って右宣誓、証言当時には証言拒絶の事由あることは証人であった被告人自身は格別神ならぬ裁判所には明らかでなかったことはむしろ明々白々であるといわなければならない。従って、既にこの裁判所に不明であった点から裁判所が証言拒絶の権利あることを証人たる被告人に告知すべき義務あるとはいえないのである。周知のごとく旧刑訴は、その一九五条において、一八六条一項に規定する関係ある者には証言を拒むことを得る旨を告ぐべき訓示規定を設けていながら、一八八条に関する告知規定を置かなかった点から見ても、法律上所論のごとき告知義務を認めないばかりでなく、裁判所が拒絶事由あること不明である場合には告知しなくともよい趣旨であること勿論であるといわなければならない。多数説は本件では証言拒絶事由あることが明白であるけれども憲法三八条一項では説明告知の義務を要求していないから告知しなくともよいというのは不親切であって感心できない。若しも裁判所が宣誓をさせる前に証言拒絶の事由あることが明らかであったならば、後記のごとく旧刑訴では少くとも証人に対し証言を拒むか否かを確め拒まないときは宣誓をさせないで訊問すべきものと考える。

そもそも旧刑訴一八八条の証言拒絶の事由あることは、訴訟手続上証言を拒む者が自ら進んでその事由を示し、本件のような旧刑訴事件においては更にこれを疏明すべきものである。(旧刑訴一八九条、刑訴規則一二二条参照)しかるに、前記詐欺、窃盗被告事件の記録によれば、被告人は、何等かかる事由あることを示し又は疏明した形跡が認められない。却って、同事件の公判調書には、富山地方裁判所出町支部判事は、本件被告人(当時証人)に対し「刑事訴訟法(旧刑訴)二〇一条の規定に該当するものであるか否かを取調べ之に該当しない事を認め偽証の罰を告げ宣誓を為さしめた上訊問した」旨記載されているから、当該裁判所は、問査その他の方法で取り調べた上旧刑訴一八八条の証言拒絶の事由がないものと判定したものであって、同二〇一条一項五号にいわゆる「一八八条の場合に於て証言を拒まざる者」と認めなかったものであること極めて明白である。旧刑訴二〇一条一項五号の規定は、裁判所が宣誓をさせる前同一八八条の場合にあたることを認めた場合に、証人に対し証言を拒むか否かを確め、その証言を拒まないときに宣誓をさせないで訊問することを定めた規定であって(従来裁判所の実際の取扱もそうであった)、多数説の考えるように裁判所がその場合にあたることを認めず、また、証人もその証言を拒まないことを表示しない場合の規定ではない。されば、前記富山地方裁判所出町支部が証言拒絶の権利あることを告げないで宣誓を為さしめて訊問したことは正当であって、何等の違法も存しない。

そして、憲法三八条一項は、何人も、自己に不利益な供述を強要されないと規定して、証人が自己に不利益な供述を拒絶する権利あることを認めたけれども、拒絶もしないで進んで虚偽の陳述をする権利などは絶対に認めていないのである。従って、仮りに証言拒絶事由に関する当該裁判所の判定が誤りであって、宣誓をさせたことが失当であったとしても、その誤って宣誓させたことを以て論旨のごとく証人の無智に乗じ故意に供述を強要したといえないこというまでもない。また、本件のように自ら証言拒絶の事由を示し又は疏明しないで宣誓の上判示のごとく自ら進んで虚偽の事実を陳述した証人の供述は、訴訟法上証言たるの効力を妨げられるものではなく(旧刑訴二〇一条三項、刑訴一五五条二項参照)、まして、その虚偽の陳述に対し刑法一六九条の偽証の責を免れさせる道理がない。

多数説は、更らに理由の後段において「偽証罪を定めた刑法一六九条にいわゆる法律ニ依リ宣誓シタル証人とは、法律上宣誓せしめ得る証言事項につき宣誓したる証人と解するを相当とする。」といっているが、「法律上宣誓せしめ得る証言事項につき宣誓させる」ことは、多数説が勝手に創作した制度であって、わが国の新旧刑訴においては勿論世界のどこの国でも認めていないのである。現に多数説自体が「証言拒絶権は宣誓した後と雖もこれに消長を来すものとは解されない。」といって、宣誓は証言事項につきさせるのでないことを自認しているではないか。それ故本件では偽証罪を否定する理由は少しもなく、論旨は、その理由なきものである。多数説は、先ずその前段の説明において独断越権であり、その中段の説明において法律並びに実際に副わないばかりでなく、その後段の説明において全然法律上の根拠なき違法な説であって、到底賛同することができない。裁判長裁判官 塚崎直義、裁判官長谷川太一郎、同沢田竹治郎は各退官、裁判官穂積重遠は死亡につき合議に関与しない。

(裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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